私塾。それは教師が学生に一方的に知識を教える場所ではなく、教師と学生が、あるいは学生同士が「対話」を通じて熱い想いをぶつけ合う場所。そして、互いに学び、新たな知恵を想像していく場所。
多摩大学では、従来型の講義中心・一方的な知識伝授型の大学を脱皮し、学生の人間的成長を何よりも重視する対話中心の「現代の志塾」を目指している。
日本を変えなければならないこの時期、幕末には、志のある有為な若者を輩出する多くの私塾が誕生した。適塾、咸宜園といった有名塾は、福沢諭吉、大村益次郎といった英才を生んだ。一方、誕生から消滅まで、わずか1年しかなかったのに、歴史を変えた多くの人材を輩出した私塾があった。吉田松陰率いる「松下村塾」である。改革を唱える松陰のもとに参集した若者たちは、生活を共にしながら、松蔭の熱い想いや生き方を学んでいった。
松下村塾は八畳三室という 狭い家屋の中で夜遅くまで勉学に励んだが、松陰は高い場所に立って知識を伝えるのではなく、「対話」によって本人の気づかない長所を発見させたり、ものの考え方を進化させることを目指した。
まさに松陰はeducate(教育する)というよりもeduce(引き出す、喚起)したのである。また吉田松陰は入塾する若者達に、「どうして入塾したいのか。学問をなぜやりたいのか。どんな学問をしたいのか。将来、何をやろうと考えるのか」という質問をするのを常とした。志を持ち、何をすべきかに「気づいている」ことが教育にどれだけ必要かを実感していたのである。松陰の熱き「志」を受け継いだ若き志士達は、やがて、あの「明治」を創り上げていった。
幕末に匹敵する激動期。
一方的な知識詰め込み、象牙の塔、閉鎖的、といった批判が大学に向けられている中、多摩大学は、社会に開かれた「解放系」の教育、そして、「対話」を重視した教育を行っているユニークな大学である。多摩大学は、平成元年に設立され、経営情報学部(学部)、グローバルスタディーズ学部(学部)経営情報学研究科(社会人対象の夜間大学院)から成る小規模大学である。
経営学と情報科学を融合させることにより、21世紀型の新しい学問領域を確立するとともに、グローバルに通用する教養あるビジネス人材の育成に努めている。
この目的実現のために、「産業界と密接に連携した徹底的な手作り教育」を展開してきた。社会と断絶した大学ではなく、実社会に開かれた「オープンナレッジ・ユニバーシティ」をめざしてきたのはこのためである。たとえば、教授陣の過半数を産業界出身者で構成し、産業界の最新の動向を取り入れた実践的な講義とゼミを行っているし、「社会に通用する大学」として、教官都合による休講を一切禁止するなどの措置も講じている。
他方、「何のために学問をするのか」「与えられた生をどう生きるのか」「自分自身と社会の関係はいかにあるべきか」といった「自己発見」への問いかけを通じて、「ものの考え方」「生き方」をじっくりと考えさせる「気づき教育」を重視する「現代の志塾」を目指している。